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5月16日は「旅の日」|松尾芭蕉が『おくのほそ道』へ旅立った日に、旅に出たい気持ちが高まる話

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5月16日は「旅の日」|松尾芭蕉が『おくのほそ道』へ旅立った日に、旅に出たい気持ちが高まる話

5月16日は「旅の日」です。

「旅の日」と聞くと、なんとなく旅行会社のキャンペーンのような日を想像してしまいますが、実はその由来はとても文学的で、ちょっとロマンがあります。

この日は、俳人・松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅へ出発した日とされています。

松尾芭蕉といえば、江戸時代を代表する俳人。

そして『おくのほそ道』といえば、学校の授業でも一度は触れたことがある、日本を代表する紀行文学です。

その芭蕉が、江戸・深川から東北、北陸をめぐる大きな旅へ出た日。

それが、現在の暦で5月16日頃とされていることから、この日が「旅の日」と呼ばれるようになりました。

5月16日。

春が終わり、初夏の気配が少しずつ濃くなってくる時期です。

ゴールデンウィークが終わって、日常に戻ってきたばかりのタイミングでもあります。

仕事も学校も通常運転に戻り、少し現実に引き戻されたような気持ちになる頃。

そんな日に「旅の日」と言われると、なんだか心がざわざわしてきます。

ああ、旅に出たい。

知らない街を歩きたい。

飛行機に乗りたい。

温泉に入りたい。

海を見たい。

おいしいものを食べたい。

普段とは違う景色の中で、少しだけ自分を解放したい。

そんな気持ちになります。

「旅の日」は、松尾芭蕉の旅立ちに由来する日

「旅の日」は、松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅へ出発したことにちなんだ記念日です。

『おくのほそ道』の旅は、元禄2年、現在の暦で1689年に始まりました。

芭蕉は門人の河合曽良を伴い、江戸・深川を出発。

東北地方を北上し、松島、平泉、山形、出羽三山、象潟などを訪ね、その後、北陸を通って美濃国大垣へと至ります。

その旅の距離は、およそ2,400kmともいわれています。

今でこそ、新幹線、飛行機、高速道路、レンタカー、スマートフォン、Googleマップ、予約サイト、交通系ICカード、モバイルバッテリーと、旅を支える道具は山ほどあります。

でも、芭蕉の時代にそんなものはありません。

基本は歩きです。

歩いて、泊まって、また歩く。

道中の天候に左右され、宿の確保にも気を遣い、体調を崩せば一気に旅は苦しくなる。

それでも芭蕉は旅に出ました。

しかも、ただ目的地に行くためだけの移動ではありません。

各地の名所旧跡を訪ね、古人の足跡をたどり、その土地の風景や歴史、人々の営みに触れながら、自らの心を句に託していきました。

つまり『おくのほそ道』は、単なる旅行記ではありません。

移動の記録であり、文学であり、人生観であり、祈りであり、自己との対話でもあります。

そう考えると、「旅の日」がただの観光記念日ではないことが分かります。

旅とは何か。

人はなぜ旅に出るのか。

日常を離れることで、何を見つけるのか。

そんなことを考える日にふさわしいのが、5月16日なのです。

『おくのほそ道』の冒頭にある、旅への強烈な憧れ

『おくのほそ道』の冒頭は、あまりにも有名です。

月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也。

この一文、何度読んでもすごいですよね。

月日というものは、永遠に旅を続ける旅人のようなものであり、過ぎていく年もまた旅人である。

時間そのものを「旅人」として捉える感性。

人生そのものを、どこかへ向かって流れていく旅のように見る感性。

この冒頭を読むだけで、芭蕉にとって旅が単なる移動ではなかったことが伝わってきます。

旅とは、どこか遠くへ行くことだけではない。

時間の流れの中に身を置き、自分もまた旅人として生きているのだと感じること。

そう考えると、私たちの日々の生活もまた、ある意味では旅なのかもしれません。

昨日から今日へ。

今日から明日へ。

春から夏へ。

ひとつの仕事から次の仕事へ。

ひとつの街から別の街へ。

ひとつの人生のフェーズから、また次のフェーズへ。

私たちは、いつもどこかへ向かっています。

だからこそ、旅に惹かれるのかもしれません。

芭蕉の旅は「人生を見つめ直す旅」だったのかもしれない

松尾芭蕉が『おくのほそ道』の旅へ出たのは、若者の気ままな放浪というよりも、人生の深いところに触れるような旅だったのではないかと思います。

芭蕉はすでに名の知れた俳人でした。

江戸で暮らし、弟子もいて、一定の評価もありました。

普通に考えれば、わざわざ長く苦しい旅に出る必要はなかったはずです。

でも、芭蕉は旅に出ました。

なぜか。

そこには、古人への憧れがあり、歌枕の地を訪ねたいという思いがあり、俳諧をさらに深めたいという思いがあり、そして何より、自分自身の生き方を旅の中で見つめ直したいという気持ちがあったのではないでしょうか。

現代の私たちも、旅に出る理由はさまざまです。

観光したい。

おいしいものを食べたい。

温泉に入りたい。

飛行機に乗りたい。

ホテルステイを楽しみたい。

マイルを貯めたい。

写真を撮りたい。

SNSに投稿したい。

ただぼーっとしたい。

どれも立派な理由です。

でも、その奥には共通して「日常から少し離れたい」という気持ちがあるように思います。

毎日同じ場所にいると、どうしても視野が狭くなります。

同じ駅、同じ道、同じ職場、同じ画面、同じ会議、同じ予定。

それはそれで大事な日常ですが、ずっとその中にいると、少し息が詰まることもあります。

そんなとき、旅は心の窓を開けぬてくれます。

知らない街の空気を吸う。

初めての駅に降りる。

聞き慣れない方言を耳にする。

見たことのない海を見る。

いつもと違う朝食を食べる。

それだけで、少し心が軽くなります。

旅は、非日常です。

でも不思議なことに、旅をすると日常に戻る力が湧いてきます。

旅は「移動」ではなく「心が動くこと」

旅というと、どうしても距離で考えがちです。

海外旅行はすごい。

遠くへ行く旅は特別。

飛行機に乗る旅はテンションが上がる。

もちろん、それは間違いありません。

飛行機に乗って海外へ行く旅は、やっぱり特別です。

空港に着いた瞬間の高揚感。

出発案内板に並ぶ都市名。

保安検査を抜けたあとの、あの独特の空気。

搭乗口で飛行機を眺める時間。

機内に入った瞬間の匂い。

離陸するときの加速。

雲の上の景色。

あれはもう、旅好きにとってはたまりません。

ただ、旅の本質は距離だけではないとも思います。

近場でも、心が動けばそれは旅です。

普段降りない駅で降りてみる。

いつもと違う道を歩いてみる。

隣町の喫茶店に入ってみる。

近所の川沿いを少し長く歩いてみる。

昔住んでいた街を再訪してみる。

それだけでも、十分に旅になります。

旅とは、移動距離のことではなく、心の可動域を広げることなのかもしれません。

松尾芭蕉の旅はたしかに壮大でした。

江戸から東北、北陸、大垣へ。

距離も時間も、現代の感覚では想像しにくいほど大きな旅です。

でも、その根っこにあるのは、知らないものに触れたい、古人の足跡をたどりたい、自分の心を深めたいという、とても人間らしい衝動だったのではないでしょうか。

そう考えると、芭蕉の旅と、私たちの週末旅行や散歩は、どこかでつながっている気がします。

旅には、人生を少し前向きにする力がある

旅に出ると、なぜか少し前向きになります。

もちろん、旅先で疲れることもあります。

予定通りにいかないこともあります。

飛行機が遅れることもあるし、ホテルが思ったより遠いこともあるし、天気が悪いこともあります。

行きたかったお店が定休日だったり、目当ての景色が霧で見えなかったり、想像以上に歩いて足が痛くなったりすることもあります。

でも、それも含めて旅です。

むしろ、予定通りにいかなかったことほど、あとから思い出になります。

「あのとき大変だったよね」

「あの店、閉まってたよね」

「雨すごかったよね」

「道に迷ったけど、結果的に面白い場所を見つけたよね」

そんな話が、旅の記憶として残っていきます。

完璧な旅よりも、少し予定外のことが起きた旅の方が、あとから何度も思い出したくなることがあります。

人生も同じかもしれません。

予定通りにいくことばかりではありません。

むしろ、思い通りにいかないことの方が多い。

でも、その中で見つけた景色や出会いが、あとから自分を支えてくれることがあります。

旅は、そういう人生の縮図のようなものでもあります。

5月16日は、次の旅を考える日にしたい

5月16日の「旅の日」。

この日は、今すぐ旅に出られる人だけのものではありません。

仕事がある人もいるでしょう。

学校がある人もいるでしょう。

家庭の予定がある人もいるでしょう。

体調やお財布事情で、すぐには遠くへ行けない人もいると思います。

それでも、旅の日は楽しめます。

次に行きたい場所を考える。

地図を眺める。

過去の旅の写真を見返す。

行きたいホテルをブックマークする。

乗りたい飛行機の路線を調べる。

行ってみたい温泉地をメモする。

おいしそうなご当地グルメを探す。

それだけでも、心は少し旅を始めます。

旅は、出発前から始まっています。

「次はどこへ行こうかな」と考える時間。

航空券を調べている時間。

ホテルを探している時間。

現地で何を食べるか考えている時間。

持ち物を準備している時間。

全部、旅の一部です。

もしかすると、実際に現地へ行っている時間と同じくらい、旅の計画をしている時間も楽しいのかもしれません。

旅に出たいですね

松尾芭蕉が『おくのほそ道』へ旅立った5月16日。

この日に「旅の日」という名前がついているのは、とても素敵なことだと思います。

旅は、単なる移動ではありません。

日常を離れ、自分の心を動かし、知らない景色に出会い、また日常へ戻ってくるためのものです。

芭蕉のように、2,400kmの大旅をしなくてもいい。

東北や北陸を何か月も歩かなくてもいい。

立派な句を詠まなくてもいい。

週末の小旅行でもいい。

日帰りでもいい。

近所の散歩でもいい。

飛行機に乗るだけでもいい。

知らない駅で降りるだけでもいい。

自分の心が少し動けば、それはもう旅なのだと思います。

5月16日。

旅の日。

ああ、旅に出たいですね。

次はどこへ行こうかな。

東北もいい。

北陸もいい。

大垣で『おくのほそ道』のむすびの地を訪ねるのもいい。

深川や千住を歩いて、芭蕉の旅立ちをたどるのも面白そうです。

もちろん、飛行機に乗って南の島へ行くのも最高です。

……と、ここまで「旅に出たいですね!」みたいなことをしみじみ書いてきましたが。

とりあえず私は、今日も旅に来てますけどね!

グアムと台湾に!

旅の日に旅をしている。

これ以上ないくらい、旅の日らしい過ごし方かもしれません。

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